ニートで社会不適合者のわたしに唯一できること。

こんちゃ!machuno(@machuno3)です!

今日はわたしの弱みを全部さらけ出します。

わたしがニートになるまで

わたし、普段ブログとか占いで人になんだかんだ偉そうなこと言ってますけど、自分自身は何もしてない人間なんですよ。

machunoのプロフィールにも書いてますが、仕事はあるっちゃあるものの親のすねかじり虫だし、ニートとほとんど変わらない生活をしてるんですよね。

ハッキリいって、仕事といえば仕事なんですが、わたしからすればこんなの仕事って言っていいの?っていう感じ。時間も一切決まってない(今日中にやればいいとか)から朝起きる時間も自由だし、ほぼ家から出ないから服装も部屋着でいい。裏方だし人に会わないし。

まぁその分お給料は少ない。一人では到底やっていけないくらい。だから20代後半で実家暮らし。

本当は一人暮らしがしたい。でも給料が増える=嫌なこともやらなければいけなくなるし、今はこれで生活できてるからいいのかなとも思う。でも親に申し訳ないという気持ちもある。でも・・・っていう感じ。

わたしが働きに行かない理由

なんで外に働きに行かないかっていうと、人に会うのが極度に苦手だから。学校がずっとつらかったのもそう。

高校の途中から我慢の限界がきて「学校に行きたくない」と言って駄々をこねました。無理やりベッドから引きずり出して学校へ行かせようとする父親に、服を破ってしまうほど抵抗しました。最終的にわたしの方が折れ、遅刻や早退をしながらもなんとか卒業しました。

大学は「行かない」と行ったものの、高校がそもそも進学クラスで大学へ行くことが当たり前だったため、先生たちからものすごく説得され、結局大学へ行くことに。

しかし、大学に入学して数か月で「やっぱりだめだ」と、今までの人生で一番の精神的どん底を味わい、何もできなくなってしまいました。数年休学したけれど、結局中退。中退後も何度も接客の仕事を選んで人や社会に慣れようとしてきたけど、どうしてもダメでした。

接客仕事じゃなく、工場系とかどう?って思ってそっちも試しましたが、結局職場っていうところへ行くとたくさんの人に会うじゃないですか。お客さんが嫌なんじゃなくて、あくまで人が苦手なんですよ。職場の人も人じゃないですか。だからダメでした。

そうやっていろいろ試行錯誤したけどダメだったから、”普通に働く”ことはもう諦めました。

”楽をしている”自分がコンプレックス

このように、わたしは「嫌なこと」からリタイアしてきた結果、今のほぼニートという状態にいます。嫌なことから逃げ続けてきた人生ともいえるわけです。

「逃げる」という言葉は、わたしの中ではマイナスイメージが強いです。でも、逃げて何が悪い?と思う自分もいる。嫌なことから逃げてきたからこそ、今生きられているとも思うからです。だって本当にどん底の時期、わたしは死にたいと毎日思っていたから。

でも、周りを見ればみんな頑張っている人たちばかりで、頑張っていない自分がダメな人間のように感じます。

周りが忙しいときに、全然忙しくない自分が恥ずかしい。頑張っていない自分が恥ずかしい。

これがわたしの、ずっと隠し続けてきたコンプレックスです。

「好きなこと」がわからない

じゃあ、わたしもちゃんと「仕事」と言える何かをしていれば恥ずかしくないのだと思い、わたしにもできる仕事を探し始めました。

とはいえ、今まで嫌なことを我慢してきた結果リタイアしてしまったのだから、今度はそうならないような仕事をしようと思いました。

しかしいろいろなことに手を出してみるけど、何ひとつ続かないし、何をしていても面白くない。

machuno
あれ?わたしって嫌なことばっかりで、好きなことってなんだっけ?

たくさん本を読みました。講演会のようなものも行きました。占いジプシーにもなりました。いっぱい考えました。「好きなことをやればいい」とは分かったものの、自分が何に「楽しい」と感じるのか、何を「好き」なのかすらわからなくなってました。

ちなみに今ブログをやっているのは、何度もブログに飽きてやめたものの、結局また何度もブログを書きたくなるので、どうせやめてもまた始めるんだからもうやめないでおこう、と思ったからですwブログは人に会わなくてもできるし、以前ブログで一度大きくヒットしたことがあったため、「もしかしたらブログは向いてるのかもしれない」と思ったのもあります。

そもそもなんでこんなに人が苦手なのか

わたしの人生の一番の課題となっているのが、この「人が苦手」という部分。

小さい頃は一切人見知りをしないオープンなタイプだったんですが、保育園、小学校、中学校とすすむにつれて、どんどん人が苦手になっていきました。

その理由として、今はこう考えています。

  1. 本音で生きづらい環境になっていったから
  2. わたしがサイキックだから

1.本音で生きづらい環境になっていったから

小さい子どもって、どんな非常識なことをしても「子どもだから仕方ない」って許されるじゃないですか。でも小学生とか中学生になるにつれて、どんどん”大人な振る舞い”を求められるようになっていくじゃないですか。

特に「嫌なことでも我慢しなさい」っていうこと、多すぎない?って、今となっては思います。

  • 給食で嫌いなものが出てきても、全部食べるまで許してくれない
  • 体育の授業が嫌でやりたくなくても、休んではいけない
  • みんなの前で歌いたくなくても、歌わなければいけない
わたしはこういうような嫌なことを、なんとかやらなくてすむように、逃げる方法ばかり考えてきたんですよね。そしたらクラスメイトからめちゃくちゃバッシングを受けたり、白い目で見られて嫌がらせまで受けるようになったりして。

反対に、やりたいことを制限されたりもするじゃないですか。

  • 髪の毛を染めてはいけない
  • 授業中におしゃべりしてはいけない
  • 授業中に飲食してはいけない
  • 化粧をしてはいけない
  • おもちゃを持ってきてはいけない
  • 先生や大人に口答えしてはいけない
さらに大人になってくるにつれて、
  • 本当は思っていないことでも、社交辞令として言っておかなければいけない
  • 女は愛嬌が大事、愛想のない女はダメ
  • 女だから家事をしたり料理ができたり気配りができないとダメ
  • 女だからお茶出しや配膳を手伝わないといけない
  • 嫌な仕事でも、お金をもらっているんだからやらなければいけない
  • 嫌いだけど親戚だから仲良くしておかないといけない
  • 大人としてこれくらいはできないといけない
  • 大人は子どもみたいに自由に振る舞ってはいけない
  • 子どもにはやさしくしないといけない(大人げないことをしてはいけない)
わたしが今まで縛られてきた固定概念をいくつかあげてみましたけど、これじゃダメなことばっかりじゃないですか。人生。これを忠実に守ってる人は、一体何が面白くて生きてるんですかね?

ストレス発散のための趣味なんかやってたって、これじゃプラマイゼロじゃないですか。

これを守ることが「大人」って言うんだったら、わたしは一生大人になんかなりたくない。

わたしは自分に嘘ついて生きてる人が大嫌いなんですよ。常識だからとか、相手のためだからとかいって、思ってもいないことを言える人。本音とは違う行動をとる人。わたしはこういう人たちを見ていると本当に気持ち悪いんです。なぜならわたしが今まで、自分に正直に生きてこられなかったから。

わたしはもう自分に嘘をつく人生なんてコリゴリです。だから社会不適合者だけど、社会に適合したいとは思いません。社会不適合者のままで幸せになりたいです。

2.わたしがサイキックだから

これは信じてくれる人だけ信じてくれればいいですが、わたしはサイキックです。サイキックとは、「気」を読んだり操ったりできる人のことです。

それがわかったのは、霊能者ケプリさんに鑑定してもらったから。

machuno、サイキックだったってよ。

2018.08.08

ケプリさんのことは「一切社交辞令もなし・絶対にウソをつかない人」として会う前から信頼していて、そんなケプリさんから「あなたはサイキック」と言われ、いろいろ教えてもらって、

machuno
今まで「わたしはみんなと何かが違う」って感じてたのはコレだったんだ!

って腑に落ちました。わたしは人一倍、人の内側や「気」に敏感だから、みんなが平気なことでもわたしには平気じゃなかったんだ、とか。この感じを誰も心から共感してくれないと感じていたのは、みんながそうじゃなかったからなんだ、とか。

ケプリさんが「人に会うのがつらいのはあなたがサイキックで、人の気を受けやすいからだよ」って教えてくれて、そうだったんだ!って、ひとつ謎が解けた感がありました。実際、自分がサイキックなんだってことを実感する出来事も、それから多々ありました。そのたびに「気休めじゃなく、ほんとにサイキックなんだ」って自覚しつつもあります。

でも、これはあくまで「人より繊細」「人一倍人の気持ちがわかる」ってだけのことであって、あくまでわたしが生きづらい理由は「本音で生きづらいから」

だって、サイキックなのは生まれつきなわけじゃないですか。でも、小さい頃は人が苦手だなんて思ったことがなかったんです。

だからサイキックであるということよりも、わたしが考えるべきは「本音で生きづらい」という環境なんですよね!

ここまでたどりつくのに、わたしは約8年かかりましたw

わたしにできること

以上のことを踏まえて、わたしにできることは、「本音で生きること」しかないんですよね。それがどうお金になるか、それでどうやって生きていけるのかは今のところわかりません。

正直、クソこわいです。

それに、未だにわたしが何を好きなのか、具体的なものは一切浮かんできません。もし今まで長期間取り組んできたものが好きなことだとするならば、わたしの好きなことは「本当のことを知ること」「真実を知ること」でしょうね。本当はもっと具体的な、たとえば「ピアノ」とか「歌うこと」みたいな好きなことがほしいんですけども。

でも今わたしが確実に言えることは、「本音を隠さずに、本音に従って生きていたい」ってことしかないんですよ。

本音で生きづらい環境では、わたしは生きていけません。常識や固定観念の強い人ともやっていけません。でも、本音を出せる環境だったら生きていけるし、本音で付き合える人とならやっていけると思います。

そういう意味では、ブログは本音を出してこその場ですし、わたしにとってはピッタリの環境なのかもしれません。

とにかく、とことん古い考えやシステムをぶっ壊して、本音で生きやすい世界に生きたい。

”常識的な”人たちからすれば、わたしはダメ人間かもしれない。嫌われる対象かもしれない。それを今までこわがっていたし、そんな人たちに馴染めない自分を恥ずかしいとさえ思って生きていたけど、よく考えてみたらそんな人たちに馴染むことの方が自分を殺していることになります。

わたしが自分を大切にして生きようと思うなら、そんな人たちからの理解を得ていたらむしろダメなんですよね!そういう人たちが「なんだこいつは!」って思ってくれないと、わたしがやっていることはもはや正解だとは思えませんよねwだって、常識的な人たちに理解されるってことは、常識の範囲内であるってことなんですから。

自分を貫いて生きたい

そもそも、「ニート」って働く意思のない人のことを指すと思うんですが、わたしは別に「働きたくない」わけじゃないんですよ。「嫌なことをしないで働きたい」んです。

今までの社会では無理だと思われてきたことでも、今の時代なら可能なことがたくさんあります。

わたしはどんなことでこれから活躍できることになるかわかりませんが、今の時代に生まれてきたということは、今の時代になにか、わたしにできることがあるってことだと思います。

今はまだ立証はできていませんが、わたしは「人は自分の使命さえ果たしていれば生きていける」=「本当にやりたいことをやっていれば人は生きていける」のだとずっと思っているので、それをわたしが立証できるよう、他人になんと言われようが本音で生きていくことをここに誓います!

人が生まれてきた理由・使命・神様って?この世界の真実とは?

2018.10.04

Sponsored Link

コメントを残す